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長崎地方裁判所 昭和48年(ワ)114号 判決

原告 全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会

右代表者執行委員長 中村豊

右訴訟代理人弁護士 横山茂樹

同 塩塚節夫

同 中原重紀

被告 三菱重工業株式会社

右代表者代表取締役 守屋学治

右訴訟代理人弁護士 古賀野茂見

同 木村憲正

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告(下部機関を含む。以下同じ。)が占有使用する別紙第一目録記載の各掲示板及び同掲示板に原告が掲示する印刷物、ポスター、ビラ等を実力で撤去したり破り捨てるなどして、原告の占有使用を妨害してはならない。

2  被告は、原告の占有使用に係る別紙第二目録記載の電話施設を実力で撤去、断線し、または通話を停止するなどして、原告の電話利用を妨害してはならない。

3  被告は、原告事務所に対する構内郵便集配業務を継続して行わなければならない。

4  被告は、原告が委託する別紙第三目録記載の控除業務を昭和四八年四月以降従来どおり継続しなければならない。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者について

(一) 原告は、全国組織の全日本造船機械労働組合傘下の同組合三菱重工支部(以下、全造機三菱支部という。)に所属しており、被告長崎造船所に勤務する労働者約四五〇名で組織している労働組合であって、肩書地に事務所を有し、同造船所内の五地区(立神地区・向島地区・飽の浦地区・水の浦地区・浦上地区)に各地区機関を、各職場に職場委員会を設置している。

(二) 被告(以下、単に会社ということがある。)は肩書地に本社を置き、長崎、神戸、広島、横浜等全国各地に一三の事業所を有し、造船業、橋梁、航空機、機器類の製作その他これに付帯する業務を営む株式会社であり、そこに勤務する労働者数は約八万名で、長崎造船所にはその内の約一万六千名が勤務している。

2  本件便宜供与の内容について

原告は、後述のとおり昭和二一年以来、被告の人的・物的施設である掲示板、電話施設、構内郵便集配業務、組合費等控除業務(以下、四つの利用権を総称するときは本件便宜供与、組合費等控除業務についてはチェック・オフと略称する。)を利用してきたが、その具体的な内容は次のとおりである。

(一) 掲示板利用

別紙第一目録記載のとおり、被告長崎造船所構内に、被告が設置した被告所有の掲示板を、原告が報道、告知、教育宣伝のため無償で利用するものである。

(二) 電話施設利用

別紙第二目録記載のとおり、原告本部及び各地区事務所に設置した被告所有の電話機により、被告長崎造船所構内と構内電話交換設備を通じてダイヤルにより通話できる設備であり、内六本は梅内のみでなく構外との市内・市外通話ができる。

なお、電話料は、組合事務所賃貸料九、〇〇〇円の中に含まれ別に徴収していない。

(三) 構内郵便集配業務利用

被告は、東京に本社・長崎その他の都市に一三の審業所を有し、長崎造船所内には約三〇の部、約一五〇の課(長崎研究所を含む)を有しているため、その間の連絡文書はぼう大な数にのぼる。そこで、被告は、長崎造船所内の各部課から同じ造船所内の他の部課への連絡文書については各部課毎に発信箱及び受信箱を設置し、発信文書を発信箱に入れておくと総務部総務課員が発信文書の宛先の部課へ持参して受信箱へ入れておく、長崎造船所内の各部課から被告の他事業所への発信文書については同様発信箱へ入れておくと総務課員が宛先事業所毎にまとめて郵便で発送する、長崎造船所外から同造船所内各部課への郵便物は一応総務課へ集められたうえそこで部課毎に区分され、これを総務課員が宛先部課の受信箱まで運搬するという方式をとっている。

原告事務所内にも右同様の発、受信箱が設置してあって、長崎造船所内各部課への、または各部課よりの文書は総務課員が運搬し、原告宛の文書で長崎造船所へ届けられたものは総務課で区分された後、原告へ届け、原告より他事業所への発信文書は総務課でまとめたうえ、被告の他の発信文書と一緒に郵便で発送している。

なお、右構内郵便集配業務は昭和五〇年六月より被告長崎造船所において、訴外長崎菱興サービス株式会社に委託している。

(四) チェック・オフ

別紙第三目録記載の控除業務、いわゆるチェック・オフは、被告が原告の委託に基いて原告組合員の賃金から組合費等を控除し、一括して原告に引き渡す事務を行うことである。

3  本件便宜供与取得の経緯について

原告は、昭和二一年企業内組合として結成して以来、団結活動を行うため被告と交渉して本件各便宜供与を取得してきたものであり、この便宜供与については、当初全造機三菱支部と被告間の労働協約及び同協約に基づき原告と被告との間で締結される事業所協定等によってすら協定されず、労使の協議によって成立し、既に慣行となっていたものである。即ち、被告会社の原告に対する本件のような便宜供与は、企業別組合というわが国の労使関係の特殊性から、また憲法二八条等に保障された労働者の団結権を尊重する法制から、企業側に労働者の団結を承認したことに基づいて生れた会社の施設提供受忍義務によるものであり、一方組合も、これらの会社の施設提供が、組合の自主性を失うようなものでなく、団結活動の基盤として、また団結活動の手段として、必要不可欠なものであるところから、労働協約等の締結をまつまでもなく、慣行上の権利としてこれを取得し、確保して来たものである。

事実、本件各便宜供与のうち、わずかにチェック・オフのみが昭和二二年一一月以降個別協定によって行われてきただけにすぎないのであり、その後昭和二七年にはじめて労働協約に施設の利用に関する一般的規定が置かれたけれども、それに基づく具体的な事業所協定は締結されていなかったところ、昭和二九年七月以降はじめて組合事務所及びその備品等についての賃貸借契約が締結され、昭和三〇年三月右の賃貸借契約、チェック・オフが協定書内に盛り込まれると同時に掲示板に関する事項が書面化されたのであるが、構内郵便集配業務利用については、ついに書面による協定は締結されることのないまゝ現在に至っているのである。

要するに、本件の便宜供与に関する取り扱いは、すべて労働慣行として成立し、構内郵便集配業務利用以外の便宜供与については、右のとおり、書面による労働協約ないしは事業所協定が締結されているけれども、それはあくまでも労働慣行として成立したことを確認しただけにすぎず、労働協約ないしは事業所協定と運命を共にするものではないから、右協約、協定が期間満了あるいは解除等によって失効したとしても、それだけで直ちに本件各便宜供与が受けられなくなるというものではないというべきである。

4  本件便宜供与の打ち切りについて

被告は、本件便宜供与は労働協約並びに同協約に基づく事業所協定により発生したものであるから、昭和四八年三月三一日期間満了により右協約並びに協定が失効し、新たな協約あるいは協定が締結されなかった以上、原告主張の本件便宜供与を受ける権利は消滅した旨主張し、同年四月一日以降本件便宜供与を打ち切る旨通告してきたが、その間の経緯は次のとおりである。即ち、

(一) 全造機三菱支部と被告の間には昭和二七年ころから労働協約が締結されており、昭和四六年ころにはその有効期間を一か年として毎年締結されていた。昭和四六年五月二四日会社は、労働協約締結に当り全造機三菱支部に対して、同支部傘下の広島精機分会(以下、広機分会という。)が、昭和四五年ころから労使間で「解決不能な要求を掲げてストなどを会社の警告を無視して繰り返していた。」として、それを理由に、「このような行為が今後も引き続き行われるとすれば、労働協約の存在が無意味になると考えるので、今後の改善について約束してもらえなければ労働協約の更新を見合わせざるを得ない。」と表明した。全造機三菱支部は、右の問題については同支部及び広機分会と会社の間で論議すべきである旨回答したが、会社はそれを無視し、同月末日右の広機分会問題を理由に同支部との労働協約の有効期間を三か月にする旨通告し、同支部が従来通りの一か年間の締結を要求してもきゝ入れず、同年六月二二日強引に三か月の有効期間に短縮し、同年六月一日に遡って実施させた。その後も労働協約改訂時ごとに会社は広機分会問題を持ち出して論議したが、労使双方従前通りの主張の繰り返しとなり、結局、労働協約の有効期間を三か月とする状態が継続した。

(二) ところで、被告会社内には全造機三菱支部の外に、全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合(以下、同盟三菱労組という。)、全日本造船機械労働組合三菱重工横浜造船分会(以下、横船分会という。ただし、昭和四八年七月一五日付で全造機三菱支部傘下組合となる。)及び三菱重工長崎造船労働組合(以下、長船労組という。)の三組合が存在するが、これら三組合は、昭和四七年秋ころ、会社に対し、それぞれ労働時間の短縮要求として完全週休二日制の要求を提出したが、同年一〇月三〇日全造機三菱支部は会社に対し、秋斗第一回中央経営協議会(以下、中経協という。)において、秋斗要求の一つとして実働時間を延長せずに毎週土曜日を休日にすることを要求した。(なお、昭和四七年一月から隔週週休二日制が実施されていた。)

これに対し会社は、同年一二月二五日の第四回中経協において、

① 実働時間(所定労働時間)を八時間とする(現行は七時間三〇分)。

② 毎週土曜日を休日とする。

③ 実働時間(所定労働時間)内賃金は現行通りとする。

④ 昭和四八年四月一日から実施する。旨回答した。

更に、昭和四八年一月二二日第五回中経協において、会社は全造機三菱支部に対し、「時間短縮にともなう諸対策」として、

① 始終業管理の改善

② 勤怠把握方法の改善

③ 時差出勤の活用

④ 特定の者に関する休日振替えの活用やその他休日労働の運用・変則勤務の活用・修繕船部門対策・現地工事対策等を提案し、生産上の諸対策についての協力を求めて来た。

これに対し、全造機三菱支部は、会社提案の諸対策について検討したが、明らかに労働強化となるものであったから、中経協で会社に対し再検討を要求することにした。

(三) そこで、全造機三菱支部は、同年二月八日第六回中経協において、会社に対し、右の要求を提出するとともに、当時施行されていた労働協約が二月末日をもって有効期間満了となるので、三月一日以降内容はそのまゝとし、期間を一か年とする協約を締結するよう申し入れた。そして更に前述の時間短縮に伴う諸対策に関して質問し、最後に「われわれは一日の労働時間をのばさないでの時短を要求している。始終業管理もこれまで実施してきて問題点があるので、改めるように要求しているが、会社は応えようとしていない。諸対策に協力しなければ時短実施はできないとする態度にも問題がある。要求に対しもっと検討してもらいたい……。」旨意見を表明した。

これに対し、会社は、同月二七日第七回中経協において、全造機三菱支部に対し、「労働時間短縮に伴う賃金取り扱い」について提案するとともに、労働協約について、「最近の諸情勢からして、あらたな問題もおきており、一か年といわれてもすぐ決められない。次回交渉の時期まで、双方検討することにしたい。」「これまで三か月単位できたが、協約本来の精神からして正常でない状況があり、改善を求めてきた。過去三か月ごとに協定してきたが、それ以上に悪い状態が起きている。一か年間締結というが、このまゝ状態で将来どういうことになるのかということを考えれば、会社に考えろというまえに組合としても考えてもらいたい。」旨回答し、広機分会での労使の紛争を口実に労働協約の締結に消極的な態度を示した。

(四) その後、同年三月一五日第八回中経協において、会社は労働協約について、「一部分会の問題だけでなく、時短の問題がある。労働時間は協約の主要な問題であり、これが解決しないのに結べるかどうか重要な問題がある。労使間の大きな変化をきたす問題でもあるので、今月一杯一か月間の締結を考えたい。」旨表明した。全造機三菱支部は、会社が労働協約問題について、広機問題のほか労働時間短縮の問題を新たに加えたことについて抗議し、「労働時間・休日の条項については話し合いがつかないにしても、他の条項では不一致はない。」ことを理由に、労働時間に関する部分を除いて労働協約の一年更新を主張するとともに、同月三〇日第九回中経協において、時間短縮問題についての会社提案には了承できないと回答した。これに対し、会社は、他の三組合が四月一日実施を了承しているので、全造機三菱支部だけ別扱いはできないこと、労働協約については、「本日の組合の態度から……四月一日以降は効力を失うことになるので……一切の便宜供与を撤廃せざるを得なくなる。具体的には事業所から分会に対して申し入れる。……」ことを通告するに至った。

(五) 右の経過を経て、同年四月一日以降、会社は給与に関する協定を除きすべての協定は失効したとして、新労働時間を実施して来た。そしてこれを受けて、会社・各事業所は、同日以降、全造機三菱支部及び同支部傘下の各分会に対し、それぞれ文書または口頭で、労働協約の失効に伴い事業所協定も失効したので、便宜供与を撤廃する旨通告して来た。これに対し、同支部・各分会は、会社に対し便宜供与の打ち切りをしないよう申し入れ、その団交を要求したが、会社は之に応ぜず、実力で掲示板、構内電話施設の撤去、構内郵便集配業務の停止等を行って来た。

これに対し、各分会は、それぞれ地方裁判所に仮処分を申請し、その決定を得て原状を確保した次第である。

5  本件便宜供与打ち切りによる影響について

(一) 組合掲示板について

昭和四八年当時、原告の掲示板は屋外に九か所、屋内に二六か所設置されていた。

労働組合にとって教育宣伝活動は、重要な活動であり、なかでも掲示板を利用して、会社と組合の交渉状況やその結果、或いは他組合の動き、組合の運動方針、連絡事項等を労働者大衆に知らせる活動は重要なものである。特に原告のように会社と分裂主謀者一体による分裂攻撃のため、少数組合となった労働組合は単に少数の分会組合員のみを対象とした教宣活動では不充分であって、第二組合たる同盟三菱労組に所属する労働者をふくむ全ての労働者を対象とした教宣活動が絶対的に必要である。これは、原告の正当な組織活動であると共に、労働者が自己の判断で労働組合を選択する自由を保障することになるのである。しかも、第二組合の方が、分会より数多くの掲示板を有し、それなりの教宣を行っている中で、分会だけが掲示板の使用ができないということになれば分会は極めて不利な状態に追い込まれることは明らかである。

(二) 電話施設の利用について

原告は、本部事務所に三本、各地区事務所に各一本計八本の構内電話を使用していた。この中で本部の一本と浦上地区の一本は構内専用で、他は構外への通話も可能である。

原告には、本部に三名の専従者がいるだけで、各地区事務所に専従者はいない。従って、本部と各地区間、各地区相互間の通話は、殆んど昼休みに集中するのである。

更に、工場内には構外通話可能の電話が少ないため、組合事務所の電話使用も多いわけである。従って、構内電話の通話ができなくなると、分会本部と各地区間、各地区相互間の連絡は、定時後に行うか、夫々が出かけて連絡するしか方法がないところ、各地区の事務所が距離的に離れている現状では多くの時間を要し、昼休み時間での連絡はストップ状態となることは明らかである。

なお、電々公社の電話を設置することは、財政的に苦しい現状で不可能である。

(三) 構内郵便集配業務について

会社は、本社を東京におき、長崎をはじめ全国各地に営業所や事業所を有する巨大な生産会社であるから、社内の文書・資料等の送達の殆んどを、各職場から各職場へ居ながらにして送達できるシステムをとっている。

企業内組合である全造機三菱支部の各分会はこの集配制度を利用し、東京の同支部の本部や全国各地の分会に資料や文書を送達してきた。

また、原告の本部と各地区事務所、各地区事務所間の文書・資料の送達もこれで行って来ている。原告の本部・地区事務所の入口には、送達用の箱が設置されており、居ながらにして、文書・資料の送達が可能となっている。

専従者が三人の分会本部・一人もいない各地区事務所にとって、居ながらにして文書等の送達ができることは重要なことである。従って、これがなくなると組合の内部連絡が出来なくなり、組合運営に重大な支障をきたすこととなるのは明らかである。

特に企業内に前記のような第二組合が併存し、それが完全な構内郵便の集配を受けているとすれば、組合活動上、量的にも質的にも大きな格差が生じることは明白である。

(四) チェック・オフについて

組合費等の控除業務(チェック・オフ)の内容には、①各人の毎月の賃金及び一時金より、組合費及び備斗預金及び組合加入費の控除、②組合員が就業時間中に組合活動を行った場合の賃金カット分を会社が立て替えて各人に支払い、組合費より一括控除する業務、③組合専従者及び書記の保険関係業務の代行、④組合事務所の貸与料・事務代行手数料・宣伝車用車庫の土地使用料の控除業務がある。

このようにして、徴収された組合費は、組合活動の資金として或いは、専従者の賃金として使用されている。また、この組合費は、地域における県評・地区労・全造機三菱支部や全造機労働組合など上部団体の組合費となり、分会の活動資金だけに留まらないわけである。

原告組合員は、当時四五〇名いたが、西彼杵郡の香焼工場や、立神・向島・飽の浦・幸町の各工場で働いており、その範囲は二五二万六、三八〇平方米に拡がっており、僅か三名の専従者が各人から組合費を徴収することは、不可能に近いことである。だから各職場毎に担当者をきめ、昼休み時間か、或いは定時後集金し、これらを六つの地区で集め、原告本部に納金する方法を取らざるを得ないのである。しかも、組合費は、各人毎に異っているから尚更苦労が多く、これらに多くの労力を裂くこととなり、他の活動が停滞する結果、組合本来の活動が不能な状態となることは明らかである。

6  本件便宜供与打ち切りの措置が不当労働行為にあたることについて

被告は、これまで第一組合たる全造機三菱支部及び同支部傘下の原告ら各分会の組織を弱体化するため、昭和四〇年一〇月ころから昭和四三年一二月にかけて、右支部及び傘下の各分会から会社との協調路線をとる第二組合たる同盟三菱労組が分裂した際、第二組合の育成、援助に必要な活動を積極的に行い、その後も各種の便宜供与においても、第一組合より第二組合の方を遙かに優遇し、団体交渉、組合員の賃金等の労働条件、任用等についても、第二組合の方を第一組合より有利に扱う等の差別的取り扱いを強行し、数々の不当労働行為(支配介入)を加えてきたが、本件便宜供与の一方的打ち切りも右不当労働行為の一環をなすものであり、このことは次のような事実からも明らかである。

(一) 被告は、全造機三菱支部との間の労働協約の締結が出来なかった理由として、同支部広機分会と広島精機製作所との間における紛争(以下、広機問題という。)及び会社と同支部間に労働時間短縮問題(以下、時短問題という。)について合意が成立せず、労働協約上の基本的な労働時間について合意が得られなかったから、労働協約を失効させざるを得ず、同盟三菱労組の組合員が時短実施にともなう新労働時間で就労するのに、全造機三菱支部と従前どおりの労働時間で労働協約を締結することに同意出来なかった旨主張するが、広機問題は、全造機三菱支部或いは会社全体からみて、その一部に派生した問題であって、広機分会と広島精機製作所或いは同支部と会社間でその都度協議して解決すべき問題である。しかも、労使双方共話し合いによる解決に異論がなく、現に協議が続いてなされて来たものであり、協議によって会社にとって思わしい結果が得られなかったとしても、そのことは、長年に亘って締結されて来た全造機三菱支部との労働協約の期間を前記のように極めて短かくしたり、ひいてはその締結を拒否する合理的な理由とはなり得ないといわなければならない。また、時短問題については、会社は全造機三菱支部との間で、労働協約締結交渉と併行して進めており、同支部との合意が成立しないまゝ、同盟三菱重工労組など三組合との間で妥結したので、昭和四八年四月一日から一方的に新労働時間制度を実施し、他方全造機三菱支部との間の労働協約については同年三月末日をもって失効したとし、二〇数年来行われて来た便宜供与の殆んどを撤廃する旨同支部各分会に通告し、直ちに組合掲示板等の撤去を強行したのである。これらの事情を考えあわせれば、会社が労働協約の締結を拒否するに至った真の理由は、新労働時間制度の実施時期を目前に控えて、会社案に同意しない全造機三菱支部の態度を嫌悪し、同支部に対する便宜供与を撤廃して同支部の運営に重大な支障を与えることによって時短問題についての会社の主張を貫徹しようとしてなしたものであり、便宜供与を含む労働協約の締結を拒否したのもこのためである。しかも、新労働時間制度は、一日の労働時間を三〇分延長するだけでなく、時短に伴う諸対策として、始終業基準を厳しくし、実質的な労働時間を職場によっては、毎日二〇分ないし三〇分も増加させる方法をとり、また、その管理も自己申告制と所属長の確認という労務管理強化の勤怠把握方法を導入する等労働強化を来たすことが明らかな制度であるから、全造機三菱支部が労働者の労働条件の維持・改善をその運動方針としている限り、到底承認出来ない内容のものである。従って、かゝる労働強化を伴なう新制度の導入を同盟三菱労組など会社と一体となって、労働条件の改悪をすゝめる労働組合の同意を楯に強行することは、それ自体違法であるばかりでなく、全造機三菱支部への押し付けは労働組合の運営に介入する不当労働行為であって許されない。

(二) ところで、会社の全造機三菱支部に対する便宜供与は、前述のとおり、過去二〇数年前より会社の組合に対する団結承認に基づく受忍義務として継続実施し労働慣行となって来ているものである。労働協約、事業所協定に記載されるようになったものもあるが、それも主として確認的なものに過ぎなかったのである。かゝる便宜供与は、既に労働組合の団結の維持・運営上不可欠なものとなっており、もしそれを改廃するとなれば、労働組合の組織・運営に重大な影響を及ぼすことは必至である。従って、かゝる便宜供与を改廃するについては、それ相当の理由と、全造機三菱支部・分会等と誠実に協議するなどの手続を経なければならないことは明らかである。ところが、会社は、本件便宜供与に関する協約・協定締結に関する全造機三菱支部の要求に対し一顧だにせず、時短問題のみが意見の一致を見ないことを理由に労働協約締結を拒否し、本件便宜供与の撤廃を通告し強行したのである。しかも、会社は、便宜供与問題について、その改廃の申し入れを全造機三菱支部に対して行っておらず、また、右便宜供与の撤廃を短期に行わなければならない業務運営上の必要性も存しなかったのである。

(三) これらの諸事情を綜合すれば、会社は、全造機三菱支部が新労働時間制に同意しないことを嫌悪し、右新労働時間制を押しつけるため労働協約の締結を拒否し、これを理由に一挙に便宜供与を撤廃したと解する外はなく、また、あわせて同支部の組織を壊滅状態に陥れようとしたと考えられる。

全造機三菱支部・分会にとっても広大な作業場に組合員が散在しているという組織状況にあったから、本件便宜供与のほとんどを撤廃されることは、その組織・運営上重大な支障を生ずることを虞れていた。会社もその様な事態の発生を十分認識していたことは明らかであり、また、それを期待していたとしか考えられない。

組合併存下において、かゝる会社の処置は、明らかに全造機三菱支部を破壊する意図のもとに、また、第二組合に独壇の活動の場を与えて、その育成強化を計る意図のもとに行われたとしか考えられない。従って、前述の如き合理的理由のない本件便宜供与打ち切りは、労働組合法七条三号にあたる不当労働行為であり、違法であると云わなければならない。

(四) そこで、全造機三菱支部は、昭和四八年四月三日東京都地方労働委員会に対し、不当労働行為の救済、実効確保の申し立てを行ったところ(都労委昭和四八年不第二三号、同不第三一号事件)、都労委は、同年八月二一日被告の本件便宜供与打ち切りの措置を不当労働行為と認めたうえ、被告に対し、右支部及びその分会に対して、本件便宜供与につき、同年三月三一日当時と同様の取り扱いをしなければならない旨を命じ、ポスト・ノーティスの申し立てについてはその必要がないからこれを棄却する旨の命令をなした。

その後、双方から中央労働委員会に対して再審査の申し立てをしたところ(中労委不再第五五号、同第五六号事件)、中労委は、昭和四九年一一月二〇日右都労委の判断を相当と認めてこれを維持する旨の命令をなした。

7  結論

(一) 原告の本件便宜供与を受ける権利は、前述のとおり、慣行上の権利として成立したものであるから、労働協約及び事業所協定に明文の規定が設けられても、それは確認的な条項にすぎず、従って、協約や協定と運命を共にするものではないから、協約や協定が期間満了等によって失効したとしても、右慣行上の権利だけは、なお有効に存続するものというべきである。仮に、被告の本件便宜供与打ち切りの通告が、右慣行を破棄(解約)するものとしても、原告の同意なしで一方的になされたものであって信義則に反し、かつ、施設管理権の濫用であるから無効である。

然るに、被告が、右慣行上の権利を無視し、本件便宜供与を打ち切った通告は、前述のとおり、不当労働行為に外ならず、何らの効力ももち得ないから、被告は原告に対し、従前どおり、本件便宜供与を継続すべき義務があるというべきである。

(二) 仮に、右主張が理由がないとしても、被告は、原告の団結権承認の法的効果として、原告に対して不当労働行為を行ってはならない義務を負担しているが、それは、単に公法上の義務に止まらず、労使間を規律する私法上の義務であると解すべきところ、被告は、本件便宜供与提供についてなんら合理的理由もなく、その労働協約を期間満了によって終了させ、新協約の締結を拒否していることは明らかであり、被告のかゝる行為が不当労働行為として許されないことは前述のとおりであるから、従前の協約は、少なくとも本件便宜供与の規定に関する限り、失効することなくなお存続しているものと解すべく(仮に、被告の本件便宜供与打ち切りの通告が、協約解除の意思表示に該当するとしても、右解除は、信義則に反し、かつ、権利の濫用であって無効である。)、従って、被告は原告に対し、従前どおり本件便宜供与を継続すべき義務があるというべきである。

(三) よって、原告は被告に対し、本件便宜供与を受ける権利に基づき請求の趣旨記載の判決を求める次第である。

二  請求の原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の事実は、原告所属組合員数を除き、認める。原告所属組合員数は、昭和四八年四月時点では約四三〇名であった。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実のうち、被告の左記主張に沿う部分は認めるが、その余の主張は争う。

即ち、本件便宜供与は、契約により成立したものであり、次に述べるような成立の経緯から明らかなように昭和二七年以降労働協約並びに事業所協定に明示されるようになった以上、その存続期間は、労働協約等の有効期間と同一であり、労働協約上の権利とは別に、原告主張のような期限の定めのない労働慣行上の権利というものは成立する余地がないから、労働協約等が期間満了等により失効すれば、本件便宜供与を受ける権利は、これに伴ない当然消滅する筋合いのものである。これを敷衍して述べると、次のとおりである。

(一) 本件便宜供与が契約により成立したものであることについて

本件便宜供与は、その内容からしていずれも被告の積極的な行為なくしては成立しえないものである。すなわち、掲示板は、原告の使用に供するため被告が製作してこれを被告長崎造船所構内に設置する行為、電話施設利用は被告が原告の事務所内に被告所有の電話機を設置し、電話回線を配線し交換機と接続する行為、構内郵便集配業務は被告が原告の文書を集配してやる行為、チェック・オフは被告が賃金支払業務の際、組合費等を控除したうえ原告に交付する行為というように、被告の意思に基づく積極的な作為がなければならない。従って、原告よりの申し込みがあり、被告がこれを承諾して、右のように積極的に行為することがあってはじめて本件便宜供与が始まるものであり、原告のみが事実上何らかの行為をなす(例えば空室を占拠して組合事務所とし、既設の掲示板に組合文書を貼ることにより組合掲示板となすなど)だけで始まるたぐいのものではない。

このことから、本件便宜供与は原告の申し込み、被告の承諾により成立するものであって、法律上は契約であるということができる。

原告は、本件便宜供与は労働慣行上確立された権利である旨主張するが、事実上の利用(たとえば被告所有の掲示板への文書ちょう布)が反覆継続されているだけでは未だ単なる事実であって権利義務の関係は生じていないのであり、これが権利義務の関係にまで高められるには、そのような事実に対する暗黙の合意を契約とみるという法律的構成を通さなければならないから、原告のように労働慣行上の権利といってみても、それはやはり契約を言っているのであって、せいぜい契約成立の契機が明示の合意なのか、あるいは黙示の合意なのかの違いを強調する表現の差にすぎない。例を掲示板利用権にとるなら、使用貸借契約にかわりはなく、たゞ成立の契機に違いがあるだけということになる。またその契約が労働協約の中に定められても、書面化されただけであって、契約の性質そのものは変らないのである。

(二) 本件便宜供与成立の経緯について

(1) 昭和二〇年代前半

日本における多くの労働組合がそうであるように被告長崎造船所においても第二次世界大戦後の昭和二一年に労働組合が結成された。だがこの当時は労働協約も今日のように整った形で作成されていないころであり、労働協約の中に便宜供与について規定するには至らなかったし、個々的に契約書を作成することもなかった。たゞチェック・オフについては労働基準法二四条により法的に義務づけられていたため昭和二二年一一月より労使間で協定を締結していた。

(2) 昭和二〇年代後半

被告は、昭和二五年一月の財閥解体により、東日本重工業、中日本重工業、西日本重工業と三つの株式会社に分割したのであるが、被告長崎造船所の属する西日本重工業と当時原告が所属していた西日本重工労働組合との間に昭和二七年四月一日労働協約が締結され、その中に便宜供与についても、

「第十五条 会社は、組合が報道、告知及び教育宣伝のため、会社内所定の場所に掲示することを認める。

第十六条 組合は、会社の了解を得て、会社の諸施設その他を利用することができる。但し使用料については会社と組合とで協議する。

第十七条 組合は、組合費、組合加入費の徴収、専従者給与計算事務、専従者保険関係事務を会社に委託することができる。但し、代行手数料については会社と組合で協議する。」

と規定された。この労働協約に基づき、被告長崎造船所は原告との間に協議をし、代行手数料については毎月五千円とし昭和二八年七月一日より実施、組合事務所等の使用料は一か月九千円とし昭和二九年七月一日より実施という内容で各々妥結した。なお、西日本重工業株式会社は昭和二七年五月二七日三菱造船株式会社と改名し、これに伴ない西日本重工労働組合は三菱造船労働組合と改名した。

(3) 昭和三〇年以降昭和四八年三月まで

昭和二九年一〇月一日三菱造船株式会社と三菱造船労働組合との間に締結された労働協約に附帯して締結された長崎造船所と原告との事業所協定以降その内容が整備され、便宜供与関係については、

「第三条 労働協約第十四条(前掲労働協約の第十五条に相当する。)により支部が報道、告知及び教育宣伝のため掲示する時は場所(被告長崎造船所を指す。以下同じ。)の定めた別紙(二)の掲示板を使用するものとする。

第四条 労働協約第十五条(前同第十六条に相当する。)により会社施設を組合事務所として使用する場合の使用料は月額九、〇〇〇円とし、細部に関しては別紙(三)組合事務所賃貸借契約に依る。

第五条 (1)労働協約第十六条(前同第十七条に相当する。)により場所は毎月支部組合員の賃金より支部に代り支部組合員の組合費を徴収して之を支部に渡す。

(2)場所は支部の専従者及び書記の健康保険及び厚生年金に関する事務を代行する。

(3)支部は前二項の代行手数料として毎月五、〇〇〇円を場所に支払うものとする。」

と規定し、別紙(二)として組合掲示板の位置・大きさが、別紙(三)として組合事務所の所在地、構造、建坪並びに電話料、ガス代等について会社、組合の負担が明定された。その後の労働協約並びにこれに基づく事業所協定においても便宜供与について一環して全く同様な規定が設けられて昭和四八年三月末に至った。

(4) 以上述べたように、本件便宜供与は、いずれも本来労使間の合意を経て被告の積極的な行為があって、はじめて組合の利用が可能になるという性格のものであり、実際も昭和二七年労働協約に明示される以前においては、労使間の合意により、昭和二七年以降は労働協約並びに事業所協定に基づいて、すなわち、掲示板の利用については、前項の協約第十四条並びに協定第三条により、電話施設及び構内郵便集配業務については同じく協約第十五条(協定については、その後規定が改正され、前項の協定第四条は、「分会は事業所の了解を得て、事業所の施設その他を利用することができる。」と改められた。)、チェック・オフについては同じく協約第十六条並びに協定第五条により、それぞれ原告がその利用権を取得したものである。

(三) 本件便宜供与の存続期間について

本件便宜供与は、右にみたとおり、労働協約並びに事業所協定に定められ、その一内容を成すものであるから、その存続期間は、協約並びに協定の有効期間と一致すべきものである。このことは、次のような事情からも是認されるのである。すなわち、本件便宜供与は労働協約の中に定められることにより、他の労使間の諸制度たとえば経営協議会・争議協定等と一体となって、使用者が労働組合に便宜供与をなすかわりにその対価として、労働協約による一定期間の平和を獲得する、というような労使間の取引きすなわちギブ・アンド・テイクの一環を形づくることとなる。しかして、その労働協約が期間満了により失効し、協約上の諸制度が消滅しても便宜供与はなお存続することとなれば、使用者にとって有利な協約上の諸制度はなくなったにもかゝわらず、労働組合に有利な制度は存続する結果となり、均衡を失することとなってしまうのである。

ところで、原告の労働協約上は期間満了により失効したが、この利用権は労働慣行上確立された権利であるとの主張は、労働協約上に定められた権利と労働慣行上の権利とは、それぞれ別個の権利が併存しているのであって、前者が労働協約の期間満了によって消滅しても、後者は依然存在している、というのであろう。

しかし、被告は、そのような二個の権利が存在することはありえない、と考える。ある目的物(たとえば掲示板)について、ある法的性質(たとえば使用貸借契約)の契約が暗黙の合意で成立した後、同一の目的物について同一の法的性質の契約が期間の定めのある労働協約の中に定めることにより締結されたときは、その使用貸借契約の期間の定めが、従来は定めがなかったものから定めのあるものに変わるだけである。暗黙の合意により成立した期間の定めのない使用貸借契約と労働協約の中に定められた使用貸借契約との二個の契約が併存するものではない。なぜならば、契約当事者が相異なる法律効果(たとえば、一方は期限の定めがあり、他方はないとき)を同一時点で意図していることはありえないからである。

4  請求原因4の事実のうち、被告の左記主張に沿う部分は認めるが、その余の主張は争う。

被告が本件便宜供与の提供を打ち切った経緯は次のとおりである。即ち、

(一) 昭和四五~四六年ころ、全造機三菱支部所属の広機分会は、

(1) 安保反対とか侵略兵器製造反対といった事業所・分会間の協議では解決不能な政治的要求を掲げてのストライキの実施

(2) 組織防衛闘争なる包括的・抽象的な目的をもつスト権等を常時保持し、労働協約に違反して組合用務・政治活動に参加するためのさみだれ的指名ストライキの実施

(3) 集会禁止場所での連日にわたる集会・演説の強行

(4) 構内での無許可ビラ配布および生産設備へのビラ貼付の強行

(5) 会社掲示板・他組合掲示板への掲示物貼付の強行

(6) 右(1)ないし(5)の行為を制止しようとする勤労課員に対する集団的暴行・傷害・器物損壊等の行為を、事業所の警告・抗議を無視して繰り返していた。

(二) 昭和四六年五月二四日、当時実施されていた労働協約期間満了による再締結交渉において、被告は、これらの行為について、「すでにこの点については該当勤労課より抗議を行っているが、協約の精神にもとる行為である。このような行為が今後も引き続き行われるとすれば協約の存在が無意味になると考えるので、今後の改善について約束してもらえなければ協約の更新を見合わせざるを得ない。」旨表明したのに対して、全造機三菱支部は、「現実的・具体的な問題としては、広島精機製作所の事業所・分会間で問題が発生しているかもしれないが、もし会社側で行きすぎがあると判断されたのであればそれはそれとして具体的に指摘されれば、支部においてまた必要があれば分会において論議すべきである。」と暗に一部分会の非を認めるが如き回答を行った。

同年五月三一日(労働協約満了期限)の交渉において、被告は、「これまでの労使関係を考えると現状直ちに無協約にしたり、一部の分会のみを適用除外にしたりすることは望ましくないと判断するので、取り敢えず三か月に限り延長のこととしたい。」旨表明し、一応現状のまゝの状態を凍結して協議を続行することとなった。

同年六月一〇日、全造機三菱支部は、一年間の労働協約締結を主張し、種々論議を重ねたが同月二二日の交渉において、同支部は、被告の提案を了承して有効期間三か月の協定を締結することとなった。

因みに、同年五月末まで有効であった労働協約は、昭和四四年六月一日付で締結された労働協約が、その第八八条第三項(協約の更新)に基づいて昭和四五年六月一日からさらに一年間更新されたものであり、昭和四六年六月一日以降の労働協約は、前記の経緯により同年六月二二日に協議整ったものを同年五月三一日に遡って締結したものである。

(三) その後も広機分会の行動は改善されなかったので、前記三か月協約の期間満了に近い同年八月二七日の労働協約交渉において、再び同様の論議が行われた。

全造機三菱支部の主張は、「政治闘争が違法であるとか、企業内で解決し得ない事項に関するストライキが違法であるという考え方は必ずしも正しくない。最終的には、最高裁で決着をつけねば解決し得ない問題であるが、我々は労働者全体の問題を対象に活動しており、抗議ストも合法と考えている。」というものであり、被告は、「会社としては組合活動として何が正しいか、何が間違っているかというような介入がましいことをいうつもりは毛頭ない。協約は双方の権利に自己制限を課する意味をもつものであってその枠内で行動されないと協約締結の基盤が失われることになる。協約を結ぶ以上は守ってもらう必要があるということであり、それが守れないということであれば協約は締結できない。」と主張した。

最後に、被告から「協約とか規則とかを逸脱する行為を放置するわけにはいかない。協約を締結する以上は組合の方でも統制に努力してほしい。」旨要望したところ、同支部は、「組合内部で解決すべきことは解決したい。統制の問題も十分認識している。」旨回答し、前回同様の形式により同年九月一日から有効期間を三か月とする労働協約を締結した。

(四) しかしながら、広島精機製作所の状況は依然として変わらず、労働協約の期間満了時には前記(三)と同様の論議が繰り返され、三か月間ごとに有効期間三か月の労働協約の締結を繰り返してきたが、昭和四七年九月広機分会組合員による集団暴行事件が発生して、事態はさらに悪化した。

右事件は、飲酒のうえ乗用車を運転して死傷事故を起こし、有罪判決を受けた同盟三菱重工労組所属の尾方正紀なる社員に対し、事業所が懲戒処分を行おうとしたところ、同人は同組合を脱退して広機分会に加入したので、被告右事業所は広機分会と懲戒委員会をもったうえ、同人を出勤停止一〇日の処分に付したが、右分会は、労働協約の懲戒条項の「刑罰法規に定める違法な行為を犯したとき」という規定の適用は法律に違反していて無効だと主張し、執行委員をはじめとする八~九人の組合員が同人を先頭に立てて、出勤停止期間の一〇日間にわたる強行就労を行い、これを阻止しようとした勤労課員多数に暴行を加え、傷害を負わせたというものである。

この事件に対し、被告右事業所は泥沼状況に陥ることを避けるべく慎重に配慮して他の者に対する処分は一応留保し、委員長と尾方正紀のみを出勤停止処分に付そうとしたところ、右分会は懲戒委員会の審議にも応ぜず、団体交渉にも出席せず、昭和四七年末から昭和四八年初にかけての両名の出勤停止期間中に、再び強行就労を企て、前回と同様勤労課員に暴行・傷害を加えた。

こうした暴挙に対し、被告右事業所および被害者は、加害者を告訴・告発し、執行委員全員を含む分会組合員九名が、昭和四八年二月一三日および三月二二日に逮捕され、内五名が起訴されて約二・五か月間拘留された。

(五) こうした事態を踏まえて、被告は、全造機三菱支部の昭和四八年三月一日以降の労働協約締結の申し入れに対し、同年二月二七日の交渉において、「これまで、一部の分会の行為につき、問題点が改善されることを期待して三か月ごとに協約を締結してきたが、現状は一段と厳しいものになってきており、協約の有効期間の論議以前に、協約自体をどうすべきかという基本的な問題を考えざるを得なくなってきている。しかしながら、会社としてもこゝで直ちに無協約とするのでなく、取り敢えず次回交渉日までこれまでの協約に基づく取り扱いを継続するので、組合内部においても、協約の趣旨を生かす道を検討されたい。」旨回答した。

次回交渉日であった三月一五日も、同支部から労働協約の遵守について特段の態度は示されなかったが、折柄原告主張のように時短交渉が重要な段階を迎えていたので、被告は、これが円滑に解決するようにとの配慮から、「協約締結についての会社の考え方は、前回申し上げたとおりであるが、これまでの労使関係も考慮して今月一杯前回までと同一内容で労働協約を締結のこととする。」旨表明し、念のため、「四月一日以降は、特定分会の問題もさることながら、組合全体の問題として、労働協約の重要な要素となっている基本的な労働条件として労働時間および休日の問題について労使協議整わない以上、協約は締結できないことになるので、予めお含みおかれたい。」旨申し添えた。

同支部は、これに対して「検討する。」と述べたけれども、三月三〇日の交渉において、広機問題についてはなんら善処の態度を示さず、労働時間の短縮にも同意しない旨態度を表明してきた。

被告は、「時短については、昨秋組合の要求を受けて以来、長期にわたり誠心誠意解決の努力をしてきたが、土壇場(なお、時短実施期日は二日後の四月一日)になって本日のような組合態度を伺い、誠に残念である。会社の業務は各人が同じ労働時間帯で働かなければ意味がなく、むしろ安全上問題のある業務が殆んどであり、四月一日以降大多数の社員が新しい労働時間で勤務につくことになっている中で、貴組合員についてこれと異なる取り扱いをすることは業務管理上由々しい問題に発展するので、会社としては、会社員に同一の労働条件で働いて頂く以外に方法はないと考える。なお、会社としてはあくまで本件の妥結を希求しているので、今後とも協議を続けたい。労働協約については、広機問題はさておいても、極めて重要な労働時間および休日について本日妥結できないということであれば、会社としては四月一日以降協約を締結しようにも締結できない立場に追い込まれたことになる。従って、四月一日以降協約は効力を失うこととなるので、会社としては残念ながら一切の便宜供与を撤廃せざるを得なくなる。具体的には事業所から分会に対して申し入れる。」旨表明した。

因みに、時短交渉は、原告主張のとおり、被告内の四労働組合から昭和四七年秋にそれぞれ別個に、それまでの隔週週休二日制を完全週休二日制にするよう要求が提出され、被告がそれぞれに対して「生産上の諸対策への協力を前提に、一日の労働時間を八時間(従来は七・五時間)とする完全週休二日制を昭和四八年四月一日から実施する。」旨回答していたものであり、同盟三菱重工労組は妥結し、横船分会、長船労組も労働時間については了承していたが、同支部のみは一日の労働時間を八時間とする完全週休二日制と生産諸対策に反対していた。

(六) 右のような経緯に基づいて労働協約の効力が失われたので、同年四月二日被告は、原告に対し、本件便宜供与撤廃の申し入れを行い、便宜供与撤廃の措置をとったものであるが、その後なされた原告主張の仮処分決定並びに労働委員会の命令に従って、仮に本件便宜供与を続けている。

(七) 要するに、広機分会には前記のとおり数多くの背信行為があり良識では考えられない組合のあり方であり、また、時短及び休日の件は言うまでもなく労働条件に関し労働協約の極めて重要な要素であって、この点については原告の上部組織である全造機三菱支部を含む被告会社内四労働組合の夫々の要求に端を発し、しかも被告会社内の九九パーセントをこえる従業員が所属する同盟三菱重工労組とは円満に妥結し、昭和四八年四月一日から実施を決定したものであり、この妥結内容は被告においても譲歩できる限界であるのみならず、もし被告会社が原告と右妥結内容と異なる内容の労働協約を締結することになれば、原告所属の従業員と被告長崎造船所における重工労組長船支部所属(九七パーセントをこえる)従業員との間に労働時間帯及び休日を異にすることになり、かくては被告長崎造船所に於ける生産秩序の維持・職場規律並びに安全の保持上収拾困難な事態に至るのみならず、労働時間の違いによる賃金格差、残業時間の違いによる割増賃金の相違等賃金面においても労働条件の均等を期し難いことになり、このような結果は被告会社において到底容認し難いものである。従って、右広機問題と時短問題は、いずれも労使間の基本的な労働条件を内容とするものであるが、この基本的事項について被告会社と原告との間に合意を見なかった以上、これを除外する事項についての労働協約を締結することは労働協約締結の意義・目的の殆んどを失うことになるところから、被告会社は、労働協約再締結に応じなかったものである。

5  請求原因5の事実のうち、本件便宜供与の内容は認めるが、その余の主張は争う。

なお、全造機三菱支部は、時短を要求した直後の昭和四七年一一月に発行した「時短斗争の問題点と斗い方について」と題する文書において、時短に関する合意が得られなかった場合は無協約となることを予期し、あらかじめその対策を検討していたことを明らかにしている。

6  請求原因6の事実のうち、(四)の事実は認めるが、その余は争う。

即ち、同盟三菱重工労組が新たに結成されたのは、全造機三菱支部内部における長年にわたる運動方針、特に労使関係の考え方について極端ともいえる考え方の相違がその原因となっているもので、被告は、この新組合結成に何ら関与したことはなく、またその後も、便宜供与等の面において、右支部をことさら同盟三菱重工労組より不利に取り扱ったことはない。

さらに、原告は、労働協約が再締結に至らなかった理由の一つである時短実施に伴なう新労働時間制度並びに始終業基準の改善を骨子とする生産諸対策に関する問題が、労働条件ないし労働契約の改悪変更を招くものであるから、全造機三菱支部がこれに反対したのは当然であり、それにもかかわらず会社が右時短の実施を強行しようとしたのは、同支部に対する不当な介入であり、不当労働行為である旨主張するが、就業規則変更の効力が問題となるときの労働条件の不利益変更とは、変更される労働条件全体からみて有利不利を論ずべきであって、原告のようにその一部にすぎない一日の労働時間のみをとって、変更の前後を比較すべきではなく、今回の時短実施による隔週週休二日制から週休二日制への移行は、一日の労働時間だけをみるときは、一日七・五時間から八時間になるものであるが、一週間の労働日は一週平均五・五日から一週五日になるわけであるから、一週間の労働時間は四一・二五時間から四〇時間に短縮されるものであって、決して不利益に変更されるものではない。また、始終業の基準についても、被告の各事業所における大半の社員は昭和四七年一月一日隔週休二日制が実施される以前から既に始業前に更衣、安全保護具の着用を行い、終業後に手洗い、入浴、更衣を行っていたのが実態であり、これを隔週週休二日制実施に際し原告の上部組織である全造機三菱支部と協定化して、更衣、入浴等を労働時間外に行うことを明確にし、原告もこれに拘束されるようになったものであって、原告は右協定の締結を故意に無視し、いかにも被告が労働条件を一方的に変更しようとして、労働協約を失効せしめたかのように、事実を曲げて主張しているといわざるをえないのであり、これらの事情に、被告長崎造船所における作業実態や同造船所における労働者の圧倒的多数を占める労働組合と妥結した内容等を考慮するときは、本件は労働条件のうちでも最もその画一的集合的処理が必要とされる分野であり、かつ、その変更に合理性があるというべきであるから、被告が労働協約の再締結を拒んでも不当労働行為等になるものではないというべきである。

また、原告は、被告会社が労働協約の再締結に応じなかったのは、全造機三菱支部が会社側の要求である広機問題と時短問題に同意しなかったため、これを嫌悪し、会社側の右要求を無理に押しつけようとしたものであり、あわせて同支部の組織を壊滅状態に陥入れようとしたものである旨主張するが、労使はあくまで対等の立場で交渉するものであり、相互にその意思に反して協約締結の義務はないところ、被告が協約等の再締結に応じなかったのは前記のような理由によるものであり、これまで縷々説明したとおり合理的なものであるから、右主張が理由がないこと明らかである。要するに、原告の被告会社における生産秩序、職場規律、諸賃金算定等に関する無理解が協約・協定不締結の理由であり、原告の主張は労使間のギブ・アンド・テイクの精神を著しく逸脱した一方的なものである。

7  請求原因7の主張はいずれも争う。

なお、原告は、本件労働慣行を一方的に破棄したことは、信義則に反しかつ施設管理権の濫用であるとか、本件労働協約部分の解除は、労使間の信義則に反しかつ解除権の濫用であるとか主張するが、被告は労働慣行を破棄したものでもなく労働協約を解除したものでもない。

被告は、原告の妨害排除請求及び作為請求の基礎となる権利は期限の到来により消滅したと主張しているのである。

しかして、期間の定めのある契約は当事者が契約の更新をしないかぎり期間の満了により当然に消滅するものであり、そこに使用者の意思や行為が介入する余地はないのであるから、信義則違反、権利濫用、不当労働行為等が成立する余地はないのである。

よって、原告の本訴請求に応ずべきいわれはないというべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告の請求原因1、2の事実(たゞし、原告所属組合員数は少なくとも約四三〇名であったこと。)及び原告が、昭和四八年三月三一日まで被告から本件便宜供与を受けていたが、同年四月二日ころ被告が原告に対し、労働協約並びに事業所協定が同年三月三一日限り期間満了により失効したことを理由に、本件便宜供与撤廃の申し入れを行い、便宜供与撤廃の措置をとったことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件便宜供与を受ける権利は、労働慣行として成立したものであるから、労働協約等が期間満了等により失効しても当然には消滅するものではない旨主張するので、その当否につき判断する。

請求原因3の事実中、原告が昭和二一年に結成された組合であること、本件便宜供与のうち、チェック・オフについては昭和二二年一一月から労使間で協定が締結されていたこと、全造機三菱支部と被告との間に、昭和二七年に労働協約が締結されたこと及び請求原因4の事実中、右労働協約は、昭和四六年五月末日までその有効期間を一か年として毎年更新されてきたけれども、昭和四六年六月一日以降被告が広機問題が解決しない以上有効な期間を一年とする労働協約は締結できないとしてその締結を拒否したため、昭和四八年二月末日まで有効期間を三か月とする労働協約が繰り返し締結されたこと、被告は、同年三月末日まで事実上本件便宜供与を続けたけれども、全造機三菱支部が広機問題及び時短問題に協力しない以上労働協約の再締結はできないとして同年四月一日以降労働協約の締結を拒否したこと、原告が被告に対し、前記のとおり労働協約の失効を理由に、右同日以降本件便宜供与を撤廃する旨申し入れ、撤廃の措置をとったことは、当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

1  原告は、昭和二一年一月一九日被告会社長崎造船所に勤務する従業員によって結成された労働組合であり、当初全日本造船労働組合に属し、同組合三菱長崎支部を名乗っていたが、結成後間もないころから被告会社の許可を得て逐次組合事務所の貸与の外、本件と同様の便宜供与を受けていた。

なお、右便宜供与については、当初労働協約等明文の規定は設けられていなかったけれども、チェック・オフについては労働基準法二四条により義務づけられていたため、昭和二二年一一月一二日原告と被告会社長崎造船所との間に、いわゆる事業所協定が締結されて協定書が作成されていた。

2  昭和二四年労働組合法の施行により、使用者の労働組合に対する経費援助が厳しく制限されるようになったため、組合事務所等会社施設の使用料あるいはチェック・オフについての事務代行手数料を原告組合から徴求することについての交渉が労使間で開始され、次いで昭和二五年ころから組合側の要求により、労働協約締結のための交渉も併行して進められるようになった。

3  その間、被告は、昭和二五年一月の財閥解体により、東日本重工業株式会社、中日本重工業株式会社及び西日本重工業株式会社の三社に分割されたが、原・被告間の前記チェック・オフに関する事業所協定は、長崎造船所を主たる事業所としていた西日本重工業株式会社との間にほゞそのまま引き継がれ、さらに労働協約締結のための前記労使交渉が結実し、昭和二七年四月一日西日本重工業株式会社と当時原告が所属していた西日本重工労働組合との間に労働協約が締結され、その中に、便宜供与及び有効期間について、

「第一五条 会社は、組合が報道、告知及び教育宣伝のため、会社内所定の場所に掲示することを認める。

第一六条 組合は、会社の了解を得て、会社の諸施設その他を利用することができる。たゞし、使用料については会社と組合とで協議する。

第一七条 組合は、組合費、組合加入費の徴収、専従者給与計算事務、専従者保険関係事務を会社に委託することができる。たゞし、代行手数料については会社と組合で協議する。

第九二条 (1)この協約の有効期間は昭和二七年四月一日から一か年とする。(以下略)」

と規定されるに至ったが、本件便宜供与のうち掲示板利用については右第一五条が、電話施設利用と構内郵便集配業務利用については右第一六条が、チェック・オフについては右第一七条がそれぞれ規定しているものと労使双方とも理解し、その理解のうえにたって本件便宜供与が運用されてきた。

なお、西日本重工業株式会社は昭和二七年五月二七日三菱造船株式会社と改名し、これに伴ない西日本重工労働組合は三菱造船労働組合と改名した。

4  被告長崎造船所は、右労働協約に基づき原告との間に協議をし、昭和二八年八月六日チェック・オフの代行手数料を毎月五、〇〇〇円と定め、昭和二九年六月一八日組合事務所等の使用料(電話使用料を含む。)を毎月金九、〇〇〇円と定めたが、昭和三〇年三月一日右当事者間で事業所協定が締結され、その中で労働協約で定められた便宜供与の内容がさらに具体化されるに至り、本件便宜供与については、

「第三条 労働協約第一四条(前項の労働協約の第十五条に相当する。)により支部(原告を指す)が報道、告知及び教育宣伝のため掲示するときは場所(被告長崎造船所を指す。)の定めた別紙(二)の掲示板を使用するものとする。

第四条 労働協約第十五条(前同第十六条に相当する。)により会社施設を組合事務所として使用する場合の使用料は月額九、〇〇〇円とし、細部に関しては別紙(三)組合事務所賃貸借契約に依る。

第五条 (1) 労働協約第十六条(前同第十七条に相当する。)により場所は毎月支部組合員の賃金より支部に代わり支部組合員の組合費を徴収して之を支部に渡す。

(2) 場所は支部の専従者及び書記の健康保険及び厚生年金に関する事務を代行する。

(3) 支部は前二項の代行手数料として毎月五、〇〇〇円を場所に支払うものとする。」

と規定され、別紙(二)として組合掲示板の位置、大きさが、別紙(三)として組合事務所の所在地、構造、建坪並びに電話料、ガス代等について会社、組合の負担が明定された。そして、昭和三一年二月一日に締結された事業所協定から、その有効期間は、三菱造船労働組合と被告との間に締結された労働協約と同一とする旨定められ、期間満了時に新たな労働協約、事業所協定が締結され、原則として一年ごとに更新されてきた。

なお、右三菱造船労働組合は、昭和三八年ころ全日本造船労働組合三菱造船支部となり、原告は、同支部長崎造船分会を名乗った。

5  昭和三九年六月一日前記分割された三菱重工業株式会社が合併され現在の被告会社となり、右支部も現在のように全日本造船機械労働組合三菱重工支部となり、原告は、同支部長崎造船分会となったが、本件便宜供与については、前同様右支部と被告会社との間に締結された労働協約及び同協約に基づき原告と被告会社長崎造船所との間に締結された事業所協定によって運用されていた。

たゞ、前記事業所協定の第四条は、遅くとも昭和四一年一二月一日以降労働協約の文言に合わせて、「分会(原告を指す。)は事業所の了解を得て、事業所の諸施設その他を利用することができる。事務所については、別紙(二)分会事務所による。」と改正された。

6  その後、本件便宜供与については、労働協約並びにこれに基づく事業所協定に一環して全く同様の規定が設けられて昭和四六年五月末日に至ったけれども、同年六月一日以降被告会社が、全造機三菱支部傘下の広島精機分会が昭和四五年ころから労使間で解決不能な要求を掲げての違法ストを繰り返しているので(いわゆる広機問題)、これが改善されない限り有効期間を一年間とする労働協約は締結できない旨主張して、労使交渉で解決の目途がつくまでとりあえず三か月に限り期間を更新したいと主張して譲らなかったため、全造機三菱支部は、従前どおり一か年間の労働協約締結を主張していたが、無協約状態になるのを避けるため、止むなく会社の申し出どおり三か月間の労働協約を締結することになった。然しながら、広機問題については労使双方の意見が平行線をたどったまゝで容易に解決できなかったので、労働協約は、結局暫定的に三か月ごとに更新され、昭和四八年二月末日に至った。

7  全造機三菱支部は、昭和四八年二月二七日被告会社に対し、同年三月一日以降の期間を一年とする労働協約締結を申し入れたが、被告会社は、前記広機問題が一向に改善されないばかりか、昭和四七年九月から昭和四八年初めにかけて、広島精機分会員による広島精機製作所勤労課員に対する傷害・暴行事件が発生するに及んで態度を硬化させ、右支部に対し、次回交渉日である同年三月一五日までこれまでの協約に基づく取り扱いを継続するが、広機問題が改善されない限り協約の有効期間の論議以前に、協約自体をどうすべきかという基本的な問題を考えざるを得なくなる旨回答した。

8  ところで、被告は、被告内の四労働組合から昭和四七年秋にそれぞれ別個に、それまでの隔週週休二日制を完全週休二日制にするよう要求が提出され、被告がそれぞれに対し、生産上の諸対策への協力を前提に、一日の労働時間を現在の七・五時間から八時間にする完全週休二日制を昭和四八年四月一日から実施する旨回答していたが(いわゆる時短問題)、右回答に対して、同盟三菱重工労組はすべてこれを了承し、横船分会、長船労組も右労働時間についてはこれを了承していたけれども、全造機三菱支部のみは一日の労働時間を延長しない完全週休二日制を要求し、右労働時間及び生産諸対策に反対していた。

そこで、昭和四八年三月一五日、被告会社は右支部に対し、これまでの労使関係も考慮して今月一杯前回までと同一内容で労働協約を締結するが、広機問題もさることながら、時短問題に関連して、同年四月一日以降は被告内の九九パーセント以上の従業員が新労働時間制度のもとで就労することになるので、労働協約の重要な要素となっている労働時間及び休日の問題について労使協議整わない以上、協約は締結できないことになる旨表明した。

9  然しながら、全造機三菱支部は、同年三月三〇日の労使交渉の場において、広機問題のみならず時短問題についても、会社の要求に応ずることができない旨回答したので、被告は、四月一日以降大多数の社員が新らしい労働時間で勤務に就くことになっている中で、右支部組合員についてのみこれと異なる取り扱いをすることは業務管理上由々しい問題に発展するので、労働時間及び休日について本日妥結できないということであれば、会社としては四月一日以降協約を締結しようにも締結できない立場に追い込まれたことになる。従って、四月一日以降協約は効力を失なうこととなるので、会社としては今後一切の便宜供与を撤廃せざるを得なくなる。具体的には各事業所から分会に対して申し入れる旨表明した。これに基づき、被告は原告に対し、同年四月二日本件便宜供与を撤廃する旨通告し、便宜供与撤廃の措置をとるに至った。

三  右認定の事実関係からすれば、本件便宜供与は、原告組合結成後間もないころから原・被告間の明示の合意によって成立し、チェック・オフについては昭和二二年一一月一二日、その余の便宜供与については昭和二七年四月一日以降それぞれ労働協約等成文の規定によって合意され、右労働協約の締結に伴ないその有効期間も明確に取り決められたが、さらに昭和三〇年三月一日労働協約に基づき原・被告間に締結された事業所協定により、本件便宜供与の内容が詳細に明定され、以来労働協約及び事業所協定が期間満了となるたびに、新たな労働協約及び事業所協定が締結され、昭和四八年三月末日労働協約及び事業所協定が失効するまで長期間にわたって更新されてきたことが明らかである。

従って、本件便宜供与が、右にみたとおり、当事者の合意によって成立している以上、その存続期間に特別の約定がなされていれば、その約定に従う外ないところ、本件便宜供与は、昭和二七年四月一日締結された労働協約からその有効期間が明確に取り決められたことが明らかであり、以後昭和四八年三月末日までは期間満了時に新たな労働協約が締結されて更新されてきたけれども、同年四月一日以降新たな労働協約が締結されず、同年三月末日限り労働協約が完全に失効したことは右認定のとおりであるから、原告の本件便宜供与を受ける権利もまた同日限り消滅したものといわなければならない。

さて、原告は、前述のとおり、本件便宜供与を受ける権利は、労働慣行として成立したものであるから、労働協約等が期間満了等により失効しても当然には消滅するものではない旨主張しているが、右認定の本件便宜供与成立の経緯からして、労働協約等に定められた期限の定めがある便宜供与とは別に、あるいはこれと併存して、期限の定めがない労働慣行上の便宜供与というものを認める余地はないから、右主張は理由がないものという外ない。蓋し、労働協約等による明示の合意以外に、労働慣行上の権利が仮に存在するとしても、それはせいぜい暗黙の合意によって認められた権利と解する外ないところ、本件便宜供与に関する限り、明示の合意によって成立し、漸次その内容、存続期間等が当事者間で明確に約定され、現実にもそのように運用されていたことは前認定のとおりであり、そこに暗黙の合意なるものを認める余地はないからである。

四  進んで、本件便宜供与打ち切りの通告または新たな労働協約締結拒否が、信義則違反、権利の濫用あるいは不当労働行為等に該当するとの原告の主張について判断するに、原告の本件便宜供与を受ける権利は、右に説示したとおり、原告も異議なく合意した存続期間の満了により消滅したものであり、そこに使用者たる被告の意思や行為が介入する余地はなく、また、被告において、新たな労働協約を締結すべき義務も当然にはないから、原告主張の信義則違反、権利の濫用、不当労働行為等は成立する余地がないものという外なく、従って、原告の右主張は、その余の点について触れるまでもなく理由がないといわなければならない。

尤も、被告が協約失効を理由として本件便宜供与を打ち切ることが、事情によっては不当労働行為とされる場合もあり得ようが、この場合も、原告は、労働委員会による公法上の救済を受け得るにとゞまり(現に原告が本件便宜供与撤廃の措置につき右救済を受けていることは当事者間に争いがない。)、私法上本件便宜供与を受ける権利が認められることにはならないし、また、被告の施設管理権の行使(組合事務所の明け渡し要求、特定施設利用の拒否、掲示物の撤去要求及び貼付されたビラの撤去行為等)が権利の濫用として許されないとされる場合もありうるが、それによって原告が会社の施設等の使用を継続する権利を取得するものではない。

五  以上説示した次第であってみれば、原告が現在もなお本件便宜供与を受ける権利を有していることを前提とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鐘尾彰文 裁判官 木村修治 裁判官吉田京子は研さん中につき、署名押印ができない。裁判長裁判官 鐘尾彰文)

〈以下省略〉

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